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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)8327号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 梅澤秀次

同 安田秀士

被告 甲野雪子

右訴訟代理人弁護士 吉成重善

右訴訟復代理人弁護士 佐藤孝

主文

一  被告は原告に対し別紙物件目録記載の建物について東京法務局台東出張所昭和四四年一二月一日受付第二九〇四四号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  主位的請求

主文第一、二項と同旨の判決

2  予備的請求

(一) 原告は別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、期間を原告の死亡までとする使用借権を有することを確認する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は養子である甲野次郎(以下「次郎」という。)及び甲野花子(以下「花子」という。)との間で昭和四四年一二月一日、次の契約を締結した。

(一) 原告は次郎及び花子の長女である被告に本件建物を無償で譲渡する。

(二) 被告は、原告存命中、本件建物を原告が無償で使用することを認める。

(三) 次郎及び花子は、原告及びその内妻乙山松子(以下「松子」という。)の生活の世話をし、死亡後は墓守をなし法事等の供養をする。

2  被告の親権者である次郎及び松子は、未成年者である被告(昭和二九年一月一二日生)の法定代理人として、前項の契約締結と同時に被告を代理して受益の意思表示をなした。

3  被告は本件建物につき東京法務局台東出張所昭和四四年一二月一日受付第二九〇四四号の所有権移転登記を経由した。

4  ところが、次郎及び花子は、昭和四五年一一月二七日松子が死亡したのにその墓守及び法事の主催をせず、又、一人暮らしとなった原告の面倒をみないばかりか、当時中学生だった被告を本件建物に住わせ、「被告に温かい朝食を作れ、洗濯をせよ。」と命令する様になり、さらには、「この家はおれ達の家だから出て行ってくれ、茨城の田舎へ引込んだらどうだ。」等と言って本件建物から原告を追い出そうとしている。

5  そこで原告は、次郎及び花子に対し、昭和四八年一〇月六日到達の内容証明郵便で1の(三)の約定違反を理由に前記1の契約を解除する旨の意思表示した。

6  よって原告は被告に対し主位的に契約解除に基づく原状回復として本件建物の所有権移転登記の扶消登記手続を求め、予備的に1の約定に基づき原告が本件建物につき、期間を原告の存命中とする使用借権を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。しかしながら、原告は次郎及び花子の養親であり、契約内容のうち(三)は近親者間の情誼を基礎とした約定であるから、右約定は法律的効力を生じない。したがって右約定は本件贈与につき負担を定めたものとはいえない。

2  請求原因2、3及び5は認め、4は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1ないし3及び5については当事者間に争いはない。

二  そこで請求原因1の(三)の法律的効力について判断する。

近親者間の約束等の中には法律効果を生じない意思表示が存在することは認められる。そして当該意思表示が法律的効果を付与するに値するか否かは法律行為制度の趣旨から考察して法律的効果を付与すべきか否かを客観的に判断すべきものである。

ところで、贈与は無償で財産権を移転することを約するものではあるがその動機は利他的に出るものばかりとは限らないのであって、贈与意思を形成するにあたってはその背景にある人間関係が重要な影響を与える場合が多く、その人間関係を形成・維持していくことを目的として贈与意思の形成が行なわれうるのである。そうして贈与をする際の贈与意思形成にあたって重要な要素となった関係が存し、それについて合意がなされた場合にあっては特段の事情がない限りこの合意について法律的効果を認むべきものと考えられるのである。

これを本件についてみると≪証拠省略≫を総合すると昭和二三年頃、当時梱包業をしていた原告の所へ次郎が住み込んで働くようになり、その後昭和二七年一二月一二日、原告は次郎との間に次郎を養子とする養子縁組をし、共同で梱包業を営んだりしていたが、昭和四一年頃になって仕事上のことが原因で不仲となり、昭和四二年六月一二日、協議離縁をしたこと。その後も原告と次郎の不仲は解消されなかったが、被告に従来の姓を名乗らせるため、原告は昭和四三年七月二日次郎及び花子と再び養子縁組を結んだこと。次郎は原告の内妻であった松子の遠縁にあたり、花子は松子の姪にあたるが、原告が本件建物を被告に贈与するに至ったのは右松子が血縁関係にある次郎及び花子に生活の面倒をみてもらい、死後は墓守等をしてもらうことを強く望み、そのため原告に対し本件建物を次郎及び花子の長女である被告に無償で譲渡すことを強く説得したためであること、原告と次郎及び花子の関係は前記のようなこともあって必ずしも円満でなかったため、原告は当初松子の説得に応じなかったが、同人の強引な説得に会い遂に請求原因1の(二)及び(三)の義務を次郎及び花子に課したうえ本件建物を譲渡するに至ったものであることをそれぞれ認めることができる。

以上の認定によれば請求原因1の(三)の約定のうち松子の生活の世話及び死後の墓守については本件贈与の負担として当然法律的効力を認めるのが相当であり、又原告の生活の世話及び死後の墓守については通常の養親子間にあっては当然のことであって右の約定をもって直ちに贈与の負担と解することはできないが、養親子関係にあるとはいえ、前記認定のような本件における原告と次郎及び花子の関係のもとにおいては、贈与の負担として前記約定に法律的効力を認めるのが相当である。

三  そこで右約定に違反する事実の存否につき判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  昭和四五年一一月二七日、松子が死亡し、葬儀は次郎が喪主となって行なったが、その費用は松子の遺族年金等から支出した他は原告が負担した。右の他、初七日、四九日、一〇〇ヶ日、一周忌、三周忌等が行なわれたが、これらの行事を行うにつき次郎及び花子らは主体的・積極的でなく、費用負担についても何ら関心を示さなかった。

2  松子死亡後、原告の身のまわりの世話は家政婦が行っており、掃除も原告の負担で花子がたのんだ近所の人にまかせ、次郎夫婦が積極的に面倒をみようとする意思もなかった。その後数ヶ月経って、被告が原告に相談することなく原告宅である本件建物に泊り込んで生活する様になったものの、被告が若年の学生であったこともあり、生活が不規則で原告の面倒を充分みることができなかったばかりか、原・被告間には親族としての情愛も湧かなかった。又次郎も右両名の仲がうまくいっていないことを知りつつこれを放置していた。

3  次郎及び花子らは、原告宅をほとんどといって良い程訪れたことはなく、従前から原告を、「社長」「会長」と呼ぶなど養子としての感情に欠け、かえって次郎は原告に対し数回にわたって直接間接に本件建物を出て田舎で生活するように申入れるなど原告に冷くあたっていた。

≪証拠判断省略≫

四  右に認定した事実によれば原告が贈与意思を形成するにいたった重要な背景とみられる人間関係の形成・維持を目的としてなされた請求原因1の(三)の約定に関しては、その意図にそった履行がなされなかったことが認められる。

五  以上によれば原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 比嘉正幸)

〈以下省略〉

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